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道草道

大崎上島での移住の記録(2016年4月~):子育て・古民家改造・裏山開拓・造船所・たまにプログラミング

これからを生きる技術としての農業

生き方 面白そうなこと 農業

先週から農業講座に通い始めました。

その名も「欽佐衛門 農講座」。

noukouza.exblog.jp

家から自転車で30分くらいの場所でやっていたので、行ってみることに。2か月に一回の1年コースで、先週は第一回目の農講座でした。

 

第一回目は、午前中が自己紹介と座学、昼から畑での実習。

講座が始まるまでは、綿花の種取。昨年に収穫した綿花だそうです。

黙々と作業、結構面白い。

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最初に、百姓 欽左衛門さんからの農講義。

欽左衛門と言うので、お爺ちゃんが出てくるのかと思いきや、イケメンの若者が登場いきなり想定外の展開。

 

欽左衛門流のこだわり

  1. 肥料をあげない
  2. 農薬を使わない
  3. 耕さない
  4. 水をあげない

最初は話に惹きつけるだけのネタとしての話かと思っていたのだけど、欽左衛門さんは本気で話している事が分かってきた。説明を聞くと、とても合理的。常に実践していて結果も出ている。

 

 話の内容は、昔、流行った奇跡のリンゴ農家と近い感じがしました。

リンゴは実践は難しそうだけど、野菜作りは実践出来そうなので、より身近。

今ままでの農業のイメージがひっくり返りました。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)

 

 昼からは、畑での実習。

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畑の説明。これは麦。

麦って、こんな感じに植えてもいいんですね。

なんか、田んぼ一面に植えるものかと思っていたので、新鮮。

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実習として、畝作り。

スコップの使い方の講習。

だたの穴掘りだけど、よくよく観察していると、とても繊細に作業をしている。

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一日作業しても、百姓は疲れないそうです。

スポーツと似ています。腕とくに握力はすぐになくなるので、最小限に使っているようです。こまめに手を入れ替えています。後は、膝、腰、力の強い下半身で大部分の作業をしている。農作業一つでも面白い。

 

次は、受講者で畝作り。

お手本のように簡単には土は掘れませんが、やっぱり、数が多いと早いです。

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マルチを掛けて、

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はい、完成。

ここは、ひっくり返した草が枯れるまで、暫く放置だそうです。

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次はにんじんの種植え。

種植えの前に畑を整えます。

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何度も行ったり来たりしているうちに、とてもキレに種の溝が出来ました。

この農作業の綺麗さへのこだわりは、アスリートみたいです。

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人参の種植え。

人参の種って小さいんですね。

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人参の種植え終了。

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のどかないい風景です。

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農作業でかなり癒されました。

 

癒されたと言えば、お昼ごはん、めっちゃ美味しかった

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なんだろう?ただ美味しいだけでなく、大地の恵を頂いた感じ。

気のせいかもしれませんが、大地のエネルギーを頂いている感じでした。

 

お昼の作業の後の、蒸しパンも美味しかった。

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その日は、前日に半年ぶりにバレーボールの練習をして朝から体がぼろぼろだったのですが、美味しいごはんと農作業で癒されて、帰るころには元気になっていました。

一日、農作業したはずなのに不思議です。

 

欽左衛門流農業の印象

 欽左衛門流のこだわり

  1. 肥料をあげない
  2. 農薬を使わない
  3. 耕さない
  4. 水をあげない

この項目だけを聞くとなんだかインチキ農業な気がしますが、一日の作業を見ていて、とても繊細な農業だと分かりました。

よくよく考えると、肥料と農薬で無理やり野菜を育て害虫を殺す農業はとても乱暴な農業なんでしょうね。

生きる技術としての農業

最近思っている事は、お金って、便利だけど、便利すぎて怖い。

気が付けば、お金がないと生きていけない気がしています。

本当は生きていくには、衣食住があればいい。

お金は、食べ物や住むところを得る手段の一つ。 

そんなこと言っても、全て自分では作れないので、最低限の生きていくための、せめて食べ物を手に入れる技術を持っておきたいと思っています。

 

年金対策としての農業

年金は破綻するとかしないとか、いろいろ意見はあります。

でも、自分たちが老人になったころには生活出来る十分な金額がもらえないことは、ほぼ確実だと思います。

若い時から将来に備えてお金を蓄える話はよく聞きます。

でも、今の生活でもお金の余裕ないのに、さらにお金かぁと思うと憂鬱です。

今生きるためにお金、将来の為にお金・・・。

間違っているとは言わないけれど、なんか違う気がするんですよね。

大切なことは生きていくことなんじゃないのかな?と思うと、直接、食べ物を技術を手に入れればいいんじゃないか?

幸いにも、耕作放棄地は増えてきている、人口も減ってきている。

昔は食べられないから都会に出てきていましたが、これから、食べるために田舎に帰る時代かもしれないと思います。

 

お金への過剰な依存

お金の価値って、みんなが価値があると思っているから、価値がある訳で、空想のたまものです。

お金を使って構築されるシステムってとても不自然です。安く手に入るって言うだけで、野菜を遠くから持ってきて、それを買うのが当然にしてしまう。お金が機能しているうちはいいけど、機能しなくなったらどうするのだろうか?なんて、ことを考えてしまうわけです。

 

自分のお金に対する不信感は、たぶん、海外青年協力隊として、2年間アフリカの

モザンビーク - Wikipedia

で暮らしたことが関係していると思います。

 

モザンビークで生活して感じたことは。

  • 国って壊れる
  • 衣食住があれば人は生きていける

壊れた国ではお金の力は偉大であるのは変わらないけど、お金で買えないものも多い。ただ、壊れた国と言う表現は、僕の印象であって、感覚的なものです。実際、モザンビークはちゃんとした国です、

国が壊れていても、お金がなくても、人は衣食住があれば生きていける。動物本来の強さをモザンビークですごく感じました。

 

日本が崩壊するかどうかは知らないですが、なんでもかんでもお金で買える時代がいつまでも続くとは思えないんですよね。

繁栄した国が繁栄し続けることはあり得ない。それは歴史を見れば明らか。

日本がこのまま衰退するのか、V字で反転して反映するのか知りません。

どっちにしろ、今のお金のシステムに行き過ぎた不自然さを感じます。

 

それに、お金の価値が下がってきているのを感じます。

あくまでも、感覚ですが。

 

ある程度、お金に依存せずに生きていけるようになりたいと願う、今日この頃。

農薬、肥料、大型機械に頼らない欽左衛門流農業は、本当に自分の望んでいた等身大な技術の気がしてます。