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道草道

大崎上島での移住の記録(2016年4月~):子育て・古民家改造・裏山開拓・造船所・たまにプログラミング

10年目の結婚記念日に思うこと 信じることの力

今日は10年目の結婚記念日でした。

連れ合いからFaceBookで、ありがたいメッセージを頂きました。

 

 結婚記念日。

10周年*\(^o^)/*

子どもが、授かるまでよく通ったどら焼きにて乾杯。

イルミネーションも、2人で見てたのとは違う。

こんな私を丸ごと受け止めてくれる夫と出会えたことで、ものすごく安定した私。
私でいいんだって心から思える今。
本当に10年ありがとうございます。

これからもよろしくお願いしますって感じです(*^^*)

 

そんな言葉を貰って思うことは、僕は一人では、そんなに大した人ではない。

他人を丸ごと、受け止めるような包容力もないし、余裕もなし、自信もない。

 

でも、連れ合いが僕がそんな人だと心から思ってくれていることで、僕はそんな人になっているのだろうと思う。

そして、僕が今のような人になたっことで、連れ合いからそのような人だと思われている。

 

人は誰かに信じてもらうことで人はそんなに人になり、そんな人になったことで誰かに信じてもらえる、そんな関係なんだと思う。

 

卵が先か鶏が先かの話によく似ている。

 

それは、子供との関係にも言える気がする。

子供がパパはすごい、と純粋に思ってくれている事で、パパはスーパーマンになる。

本当のパパは凄くもなんともない、自分が父親になって、その事はよく分かった。

 

それは、会社での後輩との関係でも、同じような体験をした。

 

と、ある事情があり、来年今のチームを抜けなければならい。

それで、ある一人の後輩に事情を説明しチームのリーダー役をしてもらえるようにお願いした。

 

それから一週間くらいで、その人の顔がリーダーの顔になった。

人からリーダーだと思われることで、リーダーになり。

リーダーになったことで、リーダーとしての風格が出てきた。

 

信じることの力は、思っているより、凄いのかもしれない。

その人の可能性を心から信じた時、その人の可能性は開花するのかもしれない。

 

それは、逆の事でも同じことが言える気がする。

ある人をダメだと思うことで、その人は自分がダメと思うようになる。

自分がダメだと思うことで、本当にダメだとみなされるようになる。

 

ふと、「嫌われる勇気」の言葉を思い出した。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

誰かが始めなければならい。他の人が協力的でないとしても、それはあなたに関係ない。私の助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

 

そんなことを思う、結婚10年目の記念日でした。

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