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道草道

大崎上島での移住の記録(2016年4月~):子育て・古民家改造・裏山開拓・造船所・たまにプログラミング

自分の代わりはいくらでもいる でも、それは自分に価値がないことを、意味しているのではない

働くお母さんの子育ての問題について、少し考えてみた。

 

ameblo.jp

 

お母さんの仕事が忙しくて、

十分に子供に接してあげられないことに負い目を感じている場合、

 

「本来わたしのやるべきことなのに」
みたいに思い、申し訳ないと思う
その態度で子どもを立派な被害者にしてしまう。

 

とある。

 

子供がかわいそうだと思うことが、子供を被害者にする。

それによって、お母さんもさらに負い目を感じる。

不のスパイラル、なるほど。

 

わたしたち女性は、ついつい、世間的な普通とか、子どもにとっての理想とかを
一人で作り出そうと引き受けすぎるけれども、
きっと、それは誰も幸せにしないシステムだと思う。
自分が悪い、自分さえ~~すれば、を次の世代にバトンリレーしないように

 

働く女性の話として書かれていますが、

これに似た構造を、男の世界でもよく見る気がしています。

 

『自分がいないと仕事が回らない』

などは、似たような構造な気がします。

 

「自分がいないと、子供かわいそう」

と思うことで、自分を必要とするかわいそうな子供を作り出しているように、

 

「自分がいないと、仕事が回らない」

と思うことで、自分を必要とする仕事を作り出している気がします。

 

仕事でいうと、自分がいなければ回らない仕事なんて、

実際は存在しない。

自分の代わりなんて、いくらでもいる。

それは、悲しいことでなくて、組織とはそういうもの。

そうでないと、大変ですよね。

 

でも、自分の代わりはいくらでもいると頭では分かっていても、

実際そうなんだと実感すると、少し、心が痛みます。

 

会社を辞めて、1ヶ月少し経ちました。

引き継ぎに関しては、自信があって、

チームをとてもよい状態で引き渡せたのではないかと思っています。

 

僕がいなくても、実務的には何も困らないだろうとは思っていましたが、

実際、1ヶ月何の連絡もないと、

自分がいなくても、仕事は回っていくのだなぁと、

嬉しいことですが、少し寂しい気もしています。

 

 母親が働いていても、子は育つ。

その人がいなくても、仕事は回る。

 

それは、自分に価値がないことを意味しているわけではない。

 

アドラー心理学に、その人がなしたことではなく、存在しているだけで価値がある。

そのような記述があった気がします。

 

赤ちゃんの存在などは、分かりやすい。

生まれて生きているだけで価値があることを思い出させてくれる。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 ただ、そこまでの達観した心境までは、なかなかたどり着けないし、維持できない。

 

せめて、自分以外の誰かが、自分の存在の価値を認めてくれれば、

親でも、友達でも、結婚したパートナーでも、

きっと、もう少し、楽になれる気がします。