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道草道

大崎上島での移住の記録(2016年4月~):子育て・古民家改造・裏山開拓・造船所・たまにプログラミング

責任をとるとは、どういうことだろうか?

ちょっと、責任について考えています。

 

何か新しいことをするとき、どうも「責任」で躓くことが多い気がします。

今までしたことがないことをする場合、

「失敗したら、どう、責任取るんや?」

と言われて、なんか自分が悪いことをしている気になって、やる気がなくなってしまったり、って事がよくある気がします。

 

そもそも、責任ってなんだろうか?

どうやったら、責任をとったことになるのだろうか?

責任をとるのは、大変な事なのだろうか?

 

責任って、よく、聞いたり、使ったり、する言葉なのに全然分かっていないなあと、

朝から、そんな事を考えていました。

 

そもそも、責任とは何か?

責任の定義は、Wikipediaを見るといろいろ書いてあります。

責任 - Wikipedia

責任(せきにん、: responsibility)とは、元々は何かに対して応答すること、応答する状態を意味しており、ある人の行為が本人が自由に選べる状態であり、これから起きるであろうことあるいはすでに起きたこと の原因が行為者にあると考えられる場合に、そのある人は、その行為自体や行為の結果に関して、的な責任がある、または道徳的な責任がある、とされる。 何かが起きた時、それに対して応答、対処する義務の事。

 

責任の語源は、何かに応答すること、応答できる状態ということらしい。

自分の起こしたことに対して、対応する、対応できる状態であること。

 

責任は自由と深く関係している。

 

自由(=自分の起こしたことに)対して、

責任(=対応する、対応できる状態であること)

 

何かやってもいいけど、それに対する後始末をしてください。

 

ということだろうと思う。

ここまでなら、そんなに責任は難しいことでも、怖いことでもない。

当たり前のことな気がする。

 

どうやったら、責任をとったことになるのだろうか?

 

責任の取り方について、考えてみる。 

組織の場合

新しいことをした場合の成功時の効果失敗時のリスクを考える。

誰に責任があるのかは、失敗時のリスクの大きさによって決まるのだろうと思う。

 

例えば、失敗したときに、

 

1時間で復帰できる

→自分1人の責任でOK

 

5日位必要

→ケース1:他に仕事がなくて、自分で対応できるのなら自分の責任。

→ケース2:誰かに穴埋めをしてもらう必要があるなら、自分で責任はとれない

 

なので、失敗時のリスクの範囲によって、それだけの人を動かせないと責任がとれないということになるのだろうと思う。

なので、チームリーダーはチーム範囲、課長は課の範囲、部長は部の範囲での責任をとれるというのは、それだけの大きさのリスクを引き受けることが出来るということなのだろう。

 

だから、失敗時のリスクを正確に把握できて、被害範囲を予想して、その被害を受ける可能性のある人達から同意をとれていれば、個人でも責任をとれることになる。

予想が外れた場合、どうするのか?その時に、全て自分で対応できれば(人を使うことも含め)責任をとったことになるんだろうと思います。

 

だた、毎回、毎回、そうやって、人を説得する、正確にリスクを査定するコストがかかるから、大雑把意にリスクを査定して、リスクの大きさに従って、部、課、チーム単位でリスクを管理する。部長、課長、チームリーダーが後始末の請け負う人として指名されている。そういうことなんだろうと思います。

なので、責任を取らない、部長、課長、チームリーダーは、本来の役割を果たしていない。

 

上の人が「その責任だれがとるねん?」って言ってきた場合は、

自分の取れる責任の範囲と、自分の取れない責任の範囲を整理して、

もし、自分の取れる責任の範囲内なら、

「自分が責任をとります」でOK。

もし、自分の取れない範疇なら、そこはちゃんと上にリスクを説明して説得しないといけない。なぜなら、責任をとるのは自分ではなく上だから。

 

子供の場合

子供の責任は、親にあると言われることが多い気がします。

たぶん、借金の連帯保証金と同じような考え方で、子供には支払能力がないから、代わりに親が払えと言うことなのでしょう。

 

責任の定義はもともと、

自分の起こしたことに対して、対応する、対応できる状態

だとすると、責任を取ると言うのは、本当は子供の権利なんだろうな。

子供が自分で責任をれないと言うのは、自由がないと同じことなんだと思う。

 

これについては、少し疲れてきたので、また今度考えよう。

 

責任をとるのは、大変な事なのだろうか?

結局、ここまで、うだうだと考えてきたのは、何か新しいことをやりたいと言った場合に、「誰が責任とるねん?」と言う一言で、潰されるのって、なんか違う気がしていたからです。

 

「誰が責任とるねん?」「お前が責任とれるのか?」と言う言葉が、怖いイメージを持つのは、

責任とは何か?

責任を取ると言うのはどういうことか?

がよく分かっていないからです。

 

責任を取ることが、

 

自分の起こしたことに対して、対応する、対応できる状態

 

なら、ちゃんと考えれば、出来なくはないなぁと思います。

 

「空気を読め」もそうですが、言葉は難しいですね。

「空気」と「世間」 鴻上尚史 を読んでの感想 - 道草道

 

補足ですが、ここまで読んで、私が上の人に、何か押さえつけられて悩んでいるのでは?と、もし、心配してくれる人がいるなら、悩んでいないので、安心してくださいね。^^